"VJ DAY”って聞いた事ありますか?
8月15日
この日は、連合国側にいたオーストラリアやニュージーランドでは
VJデイ(VICTORY AGAINST JAPAN DAY-日本に勝利した日)とか、
VPデイ(VICTORY IN THE PACIFIC DAY太平洋で勝った日)と言われる。
VJデイ(VICTORY AGAINST JAPAN DAY-日本に勝利した日)とか、
VPデイ(VICTORY IN THE PACIFIC DAY太平洋で勝った日)と言われる。
僕は小学校をニュージーランドの現地校、中学校は豪州での現地校でこの歴史を学んだ。
第二次世界大戦で日本軍が豪州本土を爆撃したり、
日本、NZ、豪州のおじいさんの世代がニューギニアや太平洋の島々で死闘を繰り広げたという事実を教科書やいろんな形で学んだ。
それが遠因で、差別も受けた。その差別されているのを
見てそいつらを追い払って僕を守ろうとしてくれたNZ人や豪州人の同級生もいた。
第二次世界大戦で日本軍が豪州本土を爆撃したり、
日本、NZ、豪州のおじいさんの世代がニューギニアや太平洋の島々で死闘を繰り広げたという事実を教科書やいろんな形で学んだ。
それが遠因で、差別も受けた。その差別されているのを
見てそいつらを追い払って僕を守ろうとしてくれたNZ人や豪州人の同級生もいた。
果たして僕の世代の日本人の何割の人が日本がつい六十年程前、豪州やNZと戦っていた。
その事実を知っているだろうか?
ましてや、若い20代や、10代の人達は?
小学生の子達は?
その事実を知っているだろうか?
ましてや、若い20代や、10代の人達は?
小学生の子達は?
豪州やNZでは、小学生から歴史の授業で学ぶ。
僕にとっての今日のこの日に思うことは、
同世代の日本人より少し多く感ずるものがあるのかもしれない。
同世代の日本人より少し多く感ずるものがあるのかもしれない。
昨日の東京新聞で読んだ記事を紹介したくて…。
この記事には共感できる部分があったし、今外国の友達に日本ってどんな国?と聞かれたら、
僕が今まで言えそうで言えなかった日本をこの記事が表しているような気がした。
僕が今まで言えそうで言えなかった日本をこの記事が表しているような気がした。
-ここ数年、この国では「戦前回帰」の傾向があらわになった。
参院選の結果はその流れへの抵抗の民意とも受け取れるが「戦後民主主義」の空洞化はあちこちでみられる。
「日本は軍国主義から民主主義へ転換したといわれるが、日本人の精神が敗戦で変わったとは思えない」。
敗戦をエリート少年兵として迎えた作家の加賀乙彦氏(78)は「回帰」の根源をそう説く。
参院選の結果はその流れへの抵抗の民意とも受け取れるが「戦後民主主義」の空洞化はあちこちでみられる。
「日本は軍国主義から民主主義へ転換したといわれるが、日本人の精神が敗戦で変わったとは思えない」。
敗戦をエリート少年兵として迎えた作家の加賀乙彦氏(78)は「回帰」の根源をそう説く。
要点は以下の通り:
少年時代終戦を迎え、直前まで軍国主義を唱えていた先生や親が民主主義こそ生きる道と説き始めた。
わずか1ヶ月位で人の心が180度変わってしまったことに、その軽さと無責任さに驚いた。
加賀氏にとっての戦後民主主義の原点がこの大人たちに豹変だという。
当時の軍国主義に加え日本社会には個人の突出に対する拒絶、人と同じ事をしていたほうがいいというムラ精神がある。
その村八分の精神は現在のいじめに通じる。戦時中も今も精神の根幹は変わっていない。
わずか1ヶ月位で人の心が180度変わってしまったことに、その軽さと無責任さに驚いた。
加賀氏にとっての戦後民主主義の原点がこの大人たちに豹変だという。
当時の軍国主義に加え日本社会には個人の突出に対する拒絶、人と同じ事をしていたほうがいいというムラ精神がある。
その村八分の精神は現在のいじめに通じる。戦時中も今も精神の根幹は変わっていない。
読んで喜びを感じた。戦争放棄、人権擁護、男女平等、生存権の保障。すばらしかった。が、同時にそれは自分達で考えた憲法でないという印象が強かった。
“自ら創造した民主主義”でない分、その薄っぺらさは否定しようがない。
“自ら創造した民主主義”でない分、その薄っぺらさは否定しようがない。
“戦争放棄"について
戦後、日本が戦争をせず外国人を殺さなかったという話がある。 そんなウソはない。
朝鮮戦争、ベトナム戦争で日本は復興、繁栄しあ現在の中東や近隣での戦争でもテロ特措法(テロ対策特別措置法)による洋上補給で、日本は片棒を担いでいる。
朝鮮戦争、ベトナム戦争で日本は復興、繁栄しあ現在の中東や近隣での戦争でもテロ特措法(テロ対策特別措置法)による洋上補給で、日本は片棒を担いでいる。
日本はづっと戦争を続けている
精神科医でもある加賀氏は、
現場で“市民”の患者たちに対する偏見、差別を眼の当たりにしてきた。
このことも憲法のうたった考えと相反していた。
戦後の平和と民主主義のこうした欠陥をみれば、昨今の“戦前回帰”は驚くに値しないのかもしれない。加賀さんは““帰ってきた冬”という現象が起きかねないと、戦後一貫して感じてきた“という。
現場で“市民”の患者たちに対する偏見、差別を眼の当たりにしてきた。
このことも憲法のうたった考えと相反していた。
戦後の平和と民主主義のこうした欠陥をみれば、昨今の“戦前回帰”は驚くに値しないのかもしれない。加賀さんは““帰ってきた冬”という現象が起きかねないと、戦後一貫して感じてきた“という。
“結局、戦後の日本社会は間接的な戦争で肥え太り、遊びほうけてきた感じがする。日本の現実は平和主義ではない”
加賀さんは戦後史をテーマにした長編小説を書き続けている。
“先の戦争で中国を誠実に助けたいと思った人もいたろう。
だが、残虐行為の事実は消せない。歴史は複雑な産物。一面で評価をしてはならない”
“先の戦争で中国を誠実に助けたいと思った人もいたろう。
だが、残虐行為の事実は消せない。歴史は複雑な産物。一面で評価をしてはならない”
“真実は何よりも強い。若い人々は事実に即して歴史を知る必要がある。”
最後に取材した東京新聞の記者は、こう結んでいる。
日本人ほど流されやすい民族はいない。かねがね加賀氏がそう強調してきたのは少年期の原体験による。“鬼畜米英”と叫んでいた大人が、ある日を境に民主主義礼賛を唱える欺まん。イラクなどブッシュ米政権が失敗を繰り返す“上からの民主主義”なぞ、流されやすい日本くらいにしか通用しまい。
とても考えさせられた記事だった。
そんな終戦記念日だった。